固定残業手当の有効性と割増賃金請求

株式会社佐々木総研

人事労務

今回、紹介する判例です。

時間外割増賃金の算定基礎の判断に当たり、定額に支給されていた残業手当(固定残業代)が、労働基準法37条所定の時間外等割増賃金の代替として認められないとした高裁判決です。

 

■T社未払賃金等請求事件 大阪高裁 平成29年3月3日判決

 

【事件の概要】

元従業員Xは、鶏肉の加工・販売等を営むT社に正社員で雇用され、T社の本件店舗で勤務していた。雇用契約書に賃金として「月給25万円-残業代含む。」と記載されていたところ、基本給18万8千円及び残業手当6万2千円が支給され、その旨の給与明細が交付されていた。Xが正式採用されてから退職するまでの間に従事した時間外労働時間数は、平均して月約59時間27分であった。退職後に、上記の基本給及び残業手当の合計額を基礎として割増賃金の支払い等を求め、時間外等割増賃金の代替としての支払と認めることはできないとし、上限金の2分の1の付加金の支払を命じるのが相当であるとした。

 

【判断】

定額の手当が労働基準法37条所定の時間外等割増賃金の代替として認められるためには、少なくとも、その旨が労働契約の内容となっており、かつ、定額の手当が通常の労働時間の賃金と明確に判別できることが必要になる。

本件では、就業規則、求人広告及び雇用契約書では、基本給の額と残業手当が明確にされていたとは認められないこと等から、労働契約時において、これらの額が明確にされたとはいえない。

もっとも、労働契約時に、給与総額のうちに何時間分の割増賃金代替手当が含まれているかが明確にされていれば上記の趣旨は満たされると考えられる。

Xに支払われた給与額から計算される残業手当の想定時間外労働時間数は50.44時間となり、Xを正式採用するに当たり、B店長が給与には50時間分の時間外労働分が含まれている旨を説明したと証言している。しかし、実際のXの時間外労働時間数は、在籍期間の14ヶ月の間で3ヶ月を除き50.44時間を上回っている。さらに、各月の時間外労働時間数も変動しており、本件契約書上の就業時間(時間外労働時間を含めたもの)も、想定労働時間と異なっている等から、給与総額に含まれる時間外労働時間の明確性を否定した。

また、Xの雇用契約書に記載されている就業時間は、上記の想定時間外労働時間数とも現実の労働時間のシフトとも異なること等からして、労働契約時に、給与総額のうちに何時間分の割増賃金代替手当が含まれているかが明確にされていたとは認められない。

したがって、本件の残業手当の支払をもって時間外等割増賃金の代替としての支払と認めることはできない。

 

【ポイント】

固定残業代とは、文字通り一定の金額により時間外労働割増賃金や休日労働割増賃金、深夜労働割増賃金を支払うことをいいます。

裁判例は、就業規則や給与規程から各手当の実質、給与明細上の記載、実際の運用等を総合的に判断しています。

本判決に基づけば、給与明細等によって雇用契約締結後に固定残業代額を明らかにするのでは足りずに、契約書または就業規則で基本給の額と固定残業代額を明確に区別して記載することが求められることになると思われます。

また、明確区分性の判断基準時について、本判決では、明確区分性を満たす必要がある時点を労働契約締結時としており、労働契約締結後に給与明細書によって基本給および残業手当の区分が明確にされたことをもって明確区分性の要件は充足されないものと判示しています。

 

以上のことから、固定残業代が残業代の支払いとして有効となるには、3つの要件が必要と考えられています。

①     固定支払の合意の存在

固定残業代制として、一定額の残業代を支払う旨を就業規則や労働契約書に記載し、従業員の合意を得ることが要件になります。また、その際は、割増賃金の対価であるという趣旨で支払われていることが必要です。

 

②     明確区分性

基本給と固定残業代部分が明確に区別されていることが必要です。

 

③     差額支払合意

固定残業代を超えて時間外労働等を行った場合,差額の割増賃金を支払う合意があることが必要です。

 

固定残業代制をすでに導入されている事業所の方は、3つの要件が満たされているのか、これから導入を検討している方は、3つの要件を満たせるように制度設計をしていきましょう。

人事労務課

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