コミュニケーションって何だろう~よいコミュニケーションとは?~

長 幸美

医療介護あれこれ

本コラムの内容は、執筆時点での法令等に基づいています。また、本記事に関する個別のお問い合わせは承っておりませんのでご了承ください。

職場でのトラブルやハラスメントの多くは、実は「コミュニケーション不足」や「誤解」から始まります。特に医療や介護の現場では、年齢や価値観、働き方の違いがすれ違いを生みやすく、「あの人は分かってくれない」という感情が膨らむことも少なくありません。

また、接遇研修やハラスメント研修をすると、必ずと言っていいほど「コミュニケーションに気を付ける!」「良いコミュニケーションを頑張ります」という感想が寄せられます。
そのたびに思い浮かぶのが・・・
「そもそも、コミュニケーションをとるとはどういうことなのか」
「果たして良いコミュニケーションって何なのか」
という疑問です。

今日は皆さんと一緒に、改めて、この問いを一緒に考えてみたいと思います。

コミュニケーションとは?

コミュニケーションは、ラテン語の「communicare(伝える・分かち合う)」に由来します。
言葉や文字に加え、表情・声・しぐさといった非言語の要素を通じて、人と人が感情や思考を伝え、共有することを指します。

大切なのは、単に自分の考えを伝えるだけでなく、相手と理解し合うプロセスそのものだという点です。

コミュニケーションには、「言語的要素(つまり言葉・文字)」と、「非言語的要素(表情、しぐさ、声の調子、姿勢など)」があります。
非言語的メッセージは言語的メッセージに比べ、無意識の行動によるものであり、感情をより正確に表すと考えられています。そして、これらは「受け手」の年齢や発達段階、言語の認知能力、聴覚・視覚など、受け手側の要因で理解度が異なることもあり、「送り手」は、相手が理解しやすいようにメッセージをより具体的に表現する必要がありますし、「受け手」は送り手のメッセージを、理解しようとする力が必要になります。

それは単に「自分の考えを相手に伝える」だけではなく、「お互いの思いや考えを理解し合うプロセス」そのものですね。

良いコミュニケーションの3つの要素

では、良いコミュニケーションとはどんなものでしょうか。
私は、次の3つの要素がそろうことだと考えています。

相手にわかりやすく伝える・・・理由(何故・目的)を添える

たとえば「この書類をすぐ提出して」よりも、「この書類を今日中に提出しないと、患者さんへの請求が遅れてしまうからお願いね」と伝えた方が、相手は「なぜ必要なのか」を理解できます。
理由が分かることで、ただの作業ではなく“意味のある行動”として受け止められるのです。

こんな事例もあります。
先輩職員が「カルテをすぐ閉じて!」とだけ言ったところ、新人は言われたまま電子カルテを閉じてしまい、電子カルテの記録まで消去(削除)してしまいました。新人職員に伝えるときは、「閉じて」の意味と操作方法等を教え「閉じてと言われた場合はカルテを保存して閉じるのが基本だ」という理解を得るようにしていれば問題はなかったはずです。

聴く・・・最後までしっかりと耳を傾ける(傾聴)

相手の言葉を途中で遮らず、最後まで耳を傾けること。
忙しいときでも「うん」「なるほど」とうなずきながら聞いてもらえると、それだけで「受け止めてもらえた」という安心感が生まれます。

こんな事例がありました。受付職員が「この患者さん、検査を不安がっていました」と報告したのに、看護師さんは「説明したから大丈夫!」と一言で片づけてしまいました。
結果、話を聴いてもらえなかった患者さんは不安が大きくなってしまい、検査はキャンセルされて、病気の発見が遅れてしまいました。もう一度患者さんの不安を聴く機会(姿勢)があれば、安心して検査をうけて、早期発見につながったはずです。

相手の話に傾聴することは「キャッチボール」に似ています。
投げっぱなしではなく、相手がきちんと受け止めて返してくれるからこそ、やり取りが成り立つのですね。

歩み寄る・・・違いを認め、理解しようと努める

「相手が自分と同じ考え方をしていない」ということは、ある意味、とても自然なことです。
たとえば、ベテランが「自分のやり方を行いなさい」と押し付けるのではなく、「そうか、こんな方法もあるんだね」と一旦受け止めるだけで、若手は「理解してもらえた」と感じて心を開きやすくなります。そのうえで、危険性や留意点を共有するようにすると、良い方法へ向かうことになると思います。

歩み寄るとは「同じ山に登るときに、違う登山道を選ぶようなもの」ではないでしょうか。
山を登るという一つの目的があっても、登り方はいくつかあり、どの道を選ぶかは人それぞれです。方法が違うだけで、目的は共有できるのです。

背景にある「学校教育の変化」

世代によって「コミュニケーションの前提」が異なることも、誤解の一因です。
かつての学校教育では「先生の言うことを守る」「規律を重視する」スタイルが主流で、勉強(物事)は先生から「教えてもらう」方法で学んでいたため上下関係が明確でした。いわゆる「受け身」的な環境で育ってきているのです。

一方、現在の教育は「学び合う」「目的に向かって協力して解決する」スタイルへ変化しています。
課題があって、その課題の解決に向けてチームで話し合い、力を合わせて挑んでいくことの方法を学び、経験を積んでいます。学習の場面でも理解の早い子が理解していない子に教える場面も多いようです。このように現在の教育環境において「ともに学び合う」ということを繰り返しているわけです。

若い世代は、「なぜこの作業をするのか」「自分がどう貢献できているのか」という目的や意味を重視します。
背景を説明せずに「とにかくやって」と言われると、「どうして?」「何のために?」という疑問が先に立ち、納得できずに動けないといった状況に直面します。ここですれ違いが起こるのです。

無知の知

長く仕事をしていると、「なんでもわかっている」「できる」と思い込むようになり新しい仲間(新人職員)からの情報をキャッチできなくなることがあります。
「ウチはこうしているから・・・(黙ってやりなさい!)」
「昔からこうしているんだから・・・(とにかくやって!)」
「言われたとおりにやればいいのよ!・・・(いろいろ考えるのは無駄だから!)」
ということを言ってしまい、新人職員の発言をシャットアウトしてしまうケースを見かけます。

逆に、新入職員も、学校で習ったことや前の医療機関でのやり方がベストだと思い込み
「学校ではこんな風にするって習いました!!・・・(知らないんですか?)」
「前の病院ではこうしていました。・・・(ここではやらないんですか?)」
というような受け答えをして、「今度の新人は扱いづらい!」「反抗的だ!」とレッテルを張られてしまうケースもあるようです。

いずれも、あまり良い対応ではありません。

先輩職員も、他にもっと良いやり方があるかもしれない、私もまだ知らないことが有るのではないか?という謙虚な気持ちや、新入職員も、「この医療機関のことをもっと教えてほしい」「医療機関が変わったらやり方も変わるかも」という謙虚さがあれば、解決できることかもしれません。

古代ギリシャの哲学者ソクラテスは、これを「無知の知」と紹介しています。
「無知の知」とは、自己覚知の第一歩とも言われています。
自分は何も知らないということを自覚している」という認識こそが、真の知恵への第一歩であると説いているわけです。
「自分が知らないことがあるかもしれない(自分の知識の限界を知る)」と認識することで、他者の意見や情報を謙虚に受け入れる姿勢が生まれ、相手を尊重し、対話や協力が促進されます。
そして、既成概念に囚われず、新しい情報を取り入れ、変化に対応できる柔軟な思考を育むことができるのではないでしょうか?

まとめ

良いコミュニケーションとは、お互いの違いを理解したうえで、情報や考えを伝えあい、理解を深めることです。つまり、単なる情報伝達ではなく「相互理解」を実現することです。
そのためには、相手を尊重する姿勢を持ち、正確かつ明確に伝える技術も大事になります。

  ・わかりやすく理由を添えて伝える
  ・最後まで受け止めて聴く
  ・違いを認め、歩み寄る

つまり、相手を尊重し、意見や感情に真摯に向き合う傾聴の姿勢がとても大事になります。そして、
これらを意識するだけで、職場の雰囲気は大きく変わります。

コミュニケーションは血流のようなもの。
流れが滞れば体のあちこちに不調が起きるように、人間関係の流れが滞ると職場全体に不調が生まれます。逆にスムーズに流れていれば、組織全体が健やかに機能します。

次回は、この「歩み寄り」の重要性をさらに深め、特にベテランと若い世代の間でどのように橋渡しをしていくかについて考えてみたいと思います。

著者紹介

長 幸美
医業経営コンサルティング部 医業コンサル課 シニアコンサルタント

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